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ぼつぼつがたり(3) [独白]

★凡そ4ヶ月ぶりにこの日記を更新する。


★この4ヶ月間、大きな事があった。御周知のように、あの東北関東大震災(東日本大震災ともいう)が起こった。東北から関東北部一帯が、マグニチュード9.0という、スマトラ沖津波大震災とホトンド同じ規模の地震に見舞われ、おまけに、これもスマトラ沖以上の超巨大津波に襲われ、人間、行政機関、文化施設、商業施設など、全てホトンド、海の中に呑み込まれていった…。

★愛する人を失い、思い出をも失い、夥しい瓦礫の山が連なる廃墟と化したふるさとを前に、生き残った人々は呆然とし、悲しみに暮れ、廃墟の中を、失われた全てを探す為に、廃墟の町を彷徨い続けていた…。

★インフラは断たれ、燃料も食糧も底を尽きかけ、場所によっては被災者が餓死寸前に追い込まれたところもあったと聞く。

★生き残った人々は、ある人は高台に逃げて助かり、ある人は廃墟の中から、自衛隊や各機関からの救援隊に救い出されて命を拾った。津波によって破壊され、屋根だけになった家の上で彷徨っていたところを助け出され、その後、無事飼い主と再会出来た犬もいた。

★今日の時点で、被災して亡くなった人、行方不明の人は合わせて28,000人近くになった。日米の捜索隊(米軍と自衛隊の混成チーム)が今、海の上で、また陸上で、一所懸命になって不明者の捜索に当たっているそうだが、津波に攫われ、海に流されて死んでいった人が沢山いるし、全てを見つけ出すのに、非常に厳しい状況が続いている。

★その一方で、少しずつ復興の兆しが見え始めている。インフラも一応は通るようになり、燃料の心配も、温かくなってきたので当分心配しなくて済むようになり、多くの避難所でボチボチ供給されるようにもなってきたので、解消されつつあるようだ。また、仮設住宅も建てられ始め、それまで避難所生活をしていた人々が次々と入居し始めている。

★老朽化しきった福島第1原発。地震と津波による甚大すぎる破壊で水素爆発を起こし、それがきっかけで全てがガタガタになった。事故後、炉心熔融を何とか食い止めようと、ぶっ壊れた1号機や3号機に自衛隊や東京消防庁のレスキューチームが懸命な放水を行い、炉心を冷やしつづけた。

★が、その一方で放射能を含んだ水の、海へのタレ流し等の不始末や、土壌汚染が問題となっている。農家にとって土壌の放射能汚染は、いわゆる“風評被害”の為に、折角作った作物が売れず、ゆえに大きな死活問題となっている。

★原発事故に際しては、福島第1原発を擁する東京電力は、国際社会から情報開示が少ないと言われ、やっと本腰を入れて情報公開をする始末。何れにせよ、「原発安全神話」は完全崩壊した。

★また放射能漏れ&拡散関連について情報公開が中途半端なうえ、情報の共有という点で政府や保安院と連携が取れていなかったゆえに、メディアから激しく叩かれることになった。…聞くところによると、放射線の拡散情報すら、日本国民ばかりか、国際社会にきちんと開示していなかったと言うではないか。

★…以上の一連の出来事を見つめて、わたくしが思うに、『嗚呼、これで、思考から何から、古い日本の全ての様式は、崩壊していくのだな』と。


★いい学校を出て、いい会社へ就職し、ドンドン稼いで出世して、家族全員つつがなく暮らす。これが日本全国共通の「幸せの方程式」だった。しかし、今回の大震災で、これが全く使えなくなった。見方を変えれば、この未曾有の国難が、この一方通行の方程式から、私たちを自由にした、ともいえる。

★賞味期限切れの、幸せの方程式から自由になった私たちは、互いの絆を取り戻した。震災前、オピニオンたちやメディアが「無縁社会」と言う言葉をヒステリックに喧伝していた。本当は違っていた。何処が「無縁社会」なのか。私たちの間の、人と人との「絆」が、震災後、実は健在だったのがハッキリしただけなのかもしれない。


★原発は安全だ、クリーンだ、想定外の事故など起こらぬ、という、東電や官僚が散々我々に吹き込んできた「安全神話」は、上に書いたように完全に崩壊した。世の中、想定外の事故は必ず起こる。完全に安全なものなどないのだ。狂気のように荒れに荒れたる自然の猛威の前には、人間が作った機械の「安全神話」など、たった一瞬で、ボン!と吹っ飛ばされるほど、脆いものなのだ。…今回の震災は、斯かる観念を我々一人一人の頭にしっかりと、刻み付けた筈だ。

★そして、その代償として我々は、放射能の脅威に大なり小なり、晒され続けるのだ。特に、原発の近くに住んでいる人々は、原発が事故を起こせば、何時終わるとも知れない見えない恐怖に、おののき、耐え忍ばねばならなくなるのだ。

★そして、今回被災しなかった我々も、いつ何時、東北と北関東(長野県も)の被災者と同じことになるか、分からないのだ。自然災害は気まぐれに訪れる。忘れた頃、不意に襲い掛かってくる。今こうしているときも、起こるやも知れぬ。我々の気構えと覚悟が、そのときに問われることになるだろう。

★何はともあれ、今度は本当に、長い闘いになるだろう。この長い闘いは、ユーラシア東端の島国が、全く新しい形で再生する為のものである。ならば我々はこれを戦いきって、新しく変容しようではないか。
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