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9月初めの雑感―ゲルニカ(Guernica)という音楽集団について―。 [独白]

★まだまだ続く酷暑。町を行く人々はみな未だに夏の服装。きょうはいつもの半ドンが終わった後、灼熱の太陽を避け、日陰を選んで歩いた。職場近くの蕎麦屋「砂場」で昼食後、銀座へ。

★銀座の歩古典(ホコテン)に出る。雲ひとつない青空、ガガッと照らす白熱の烈日。すっかり焼けて熱くなった路面のアスファルトの上を、せわしげに、またけだるげに歩く通行人たち。

★流石にこの上を長時間歩き続けると、熱射病でバタリ!と倒れるかもしれないので、すぐ向かいのアップルストアで、暫く涼む事にした。

★やはり店内はガンガンに冷房が効いているのと、お客がMacやiPod,iPadに何時も注目しているアップルファンバばかりのようなのとで、きょうも満員御礼だ。


★まずはiMacの試用機を使って、safariを呼び出し、見たいサイトを見る。まづは先日自宅PCにてネットサーフィンの際、偶然見つけた「ゲルニカ」(Guernica)という、ピカソのかの大作から名前を拝借したという、音楽ユニットのオフィシャルサイトにアクセス。

★実を言うと、このGuernicaなる集団、自分がまだ高校生の頃から興味があった音楽ユニットで、LP、CD各々3枚、シングルレコード1枚を今も所有している。因みにGuernicaの構成員は音楽家の上野耕路(電子楽器、ヴァイオリン、作曲担当)、女優の戸川純(ヴォーカル担当)、現代芸術家の太田蛍一(主にジャケット等のデザイン作画と作詞担当)以上の3名である。

★1980年ごろにTV放映されていた「おしりだって洗ってほしい」(TOTO)のCMの印象が強い戸川純だが、歌手としての彼女のキャリアは、なんと此処から始まったとか。

★かつて都内に存在した(今もあるのかな?)「ナイロン100%」、「鹿鳴館」といったライヴハウスを中心に活動を続けていた。レコードリリースは自分の記憶するところでは1979年、「銀輪は唄う」(シングルレコード)、「改造への躍動」が最初だったようだ。時に日本全体がまさにバブルの狂騒に浮かれ始める前夜のことだった。

★その後、数年間の休止期間を経て、バブル末期の1988年、「新世紀への運河」、翌年「電離層からの眼差し」を発表、コンサートツアー活動の後、又も活動休止状態に入ってしまった。

★当時の私は、このとき都内で行われた、彼等のコンサートツアーを聴く幸運に恵まれた。今思えば、これが自分にとって最初で最後の『ゲルニカ体験』であった。

★コンサートは二幕構成で、舞台上の戸川純は第一幕は大正~昭和初期の銘仙風と思しき着物、第二幕はかつてのヴァンプ(妖婦)女優、セダ・バラ(Theda Bara=サイレント時代初期のハリウッド映画で活躍。「カルメン」「シーザーの御世」などの出演作がある)を連想させる、エキゾティックでオリエンタルな衣装で登場し、彼等がこれまでリリースしたアルバムの中から幾つかチョイスしたナンバーを歌って、聴衆を魅了した。会場内はまるで1920~’30年代のアールデコか、若しくはそれ以前の1910年代のアールヌーヴォー的な、セピア色のムードに包まれていた。


★その後、構成員たちは各自の活動に専念しているようだ。上野耕路は最近、キユーピー㈱のCM曲「たらこたらこ…」の作曲を担当したそうだし、太田蛍一は今も画家・デザイナーとして活躍中。戸川純は、同じく女優であった妹・京子の死後、病を得て暫く世間に現われなかったそうだが、つい先日女性誌に最近の動向が掲載され、それによると、他の個性的音楽家と元気に競演していたそうな。


★Guernicaの志向していたと思われる、ヴィジュアル面でのお手本モティーフは、主にスターリン台頭以前のロシア(ソビエト)で盛んだった芸術様式「アヴァンギャルド」か、分離派(ダダイズム)と呼ばれる美術形式だった。そうしたスタイルの流行ったかつての時代風景を多少のユーモアを交えながら、パロディと言うにはあまりに大真面目、また芸術的と言うにはあまりにオーヴァーステイトメント(大げさ)な身の振り方で、彼等は音楽表現していたのではなかろうか。…ということを、今になって考えている。

★Guernicaは、しかし、果たして1980年代のミュージックシーンにおける、単なる「あだ花」のひとつだったのだろうか。彼等の一見オーヴァーなライヴでの表現に秘められた、芸術性の本質や哲学性は、今後、再評価されるべきであろう。
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